「年末調整の書類、どこにありますか」「有給って何日残ってますか」——総務や人事の担当者なら、こうした問い合わせに一日何度も答えている方も多いのではないでしょうか。一つひとつは数分で済む対応でも、積み重なると本来の業務が進まず、集中も途切れます。私はこうした「繰り返される社内問い合わせ」こそ、中小企業がAIを試す最初の入り口として向いていると考えています。
社内問い合わせは、なぜこんなに時間を奪うのか
中小企業庁「中小企業白書」でも、多くの中小企業が人手不足や業務の負担増を課題として挙げている状況が示されています。総務・人事は少人数で幅広い業務を担うことが多く、問い合わせ対応が担当者一人に集中しやすい部門です。
では、現場では具体的に何が起きているのでしょうか。私が相談を受けるなかで見えてきたのは、次のような構図です。
- 質問の多くは「就業規則」「経費精算」「各種申請の締切」など、答えが決まっているものに集中している
- それでも、聞く側からすれば「どこに書いてあるか分からない」ため人に聞く
- 結果として、答えを知っている特定の担当者に問い合わせが集まり、その人が休むと業務が止まる
つまり、負担の正体は「難しい質問」ではなく「答えは存在するのに、たどり着けない質問」の多さにあります。ここに手を打てば、対応件数そのものを減らせる可能性があります。
AIで減らせる問い合わせと、減らせない問い合わせ
まず押さえておきたいのは、すべての問い合わせをAIに任せられるわけではないという点です。私は問い合わせを大きく二つに分けて考えることをおすすめしています。
AIが得意な領域
就業規則、各種手当の条件、申請書の場所や書き方、よくある手続きの流れ——こうした「社内に文書として存在する答え」を探す作業は、AIチャットと相性が良い領域です。担当者が作った規程やマニュアルを読み込ませ、社員が言葉で質問すると該当箇所を示す、という使い方が考えられます。
人が対応すべき領域
一方で、個別の給与額や評価、ハラスメント相談、体調や家庭の事情に関わる相談などは、AIに任せるべきではありません。機微な情報を含み、判断や配慮が必要だからです。ここを線引きしておくことが、安心してAIを導入するための前提になります。
すべてを自動化しようとすると設計が複雑になり、かえって使われなくなります。「定型的で件数が多いものだけ」に絞るほうが、現実的で効果も見えやすいと私は考えています。
小さく始めるための進め方
いきなり全社導入を目指す必要はありません。私が提案するのは、次のような段階を踏む進め方です。
- 問い合わせを1〜2週間記録する:どんな質問が、どれくらいの頻度で来ているかをメモに残します。上位に来る質問が、AI化の最初の対象です。
- 答えの「元ネタ」を整理する:頻出する質問の答えが、規程やマニュアルとして文書化されているかを確認します。ここで情報が古い、そもそも文書がない、といった問題が見つかることも多くあります。
- 限定範囲でAIに答えさせてみる:整理した文書をもとに、まず総務・人事内でAIの回答精度を試します。社員に公開する前に、間違った答えを返さないかを担当者が確認する工程が欠かせません。
- 一部の質問から公開する:精度が確認できたテーマだけを社員に案内します。最初から万能をうたわず「まず経費精算に関する質問はこちらへ」と範囲を明示するほうが、混乱を招きません。
この過程で気づくのは、AI導入の準備そのものが「社内文書の棚卸し」になっているということです。答えが整理されていなければ、AIも正しく答えられません。裏を返せば、この整理は人が対応する場合にも役立つ資産になります。
導入後に見落としがちな運用の視点
AIツールは入れて終わりではありません。規程が改定されれば、AIが参照する情報も更新する必要があります。誰がこの更新を担うのかを決めておかないと、古い回答が返り続け、かえって混乱を生みます。
また、AIの回答を過信しない運用も大切です。社員には「最終的な判断は担当者に確認する」という前提を伝え、AIはあくまで一次的な案内役と位置づけると安全です。私は導入時に、回答の末尾へ「不明点は総務まで」と添える運用をおすすめしています。
こうした運用の設計は、社内だけで抱え込むと後回しになりがちです。誰がどう更新し、どこまでAIに任せるかといった判断を外部の視点で整理したい場合には、AIの活用方針を継続的に見る担当(外部のCAIOのような役割)を置く選択肢もあります。
社内問い合わせの負担軽減は、大掛かりな仕組みよりも「よく来る質問から、答えを整理して小さく試す」ことから始まります。まずは自分の部門に届く質問を一週間記録するところから、始めてみてはいかがでしょうか。